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映画『82年生まれ、キム・ジヨン』感想

 先週、映画のほうの『82年生まれ、キム・ジヨン』を観てきた。小説と映画では別物といえるくらいつくりが違っていたが、映画は映画でよい作品だった。

 33歳のキム・ジヨンはまだ幼い娘のジウォンと夫チョン・デヒョンとの3人暮らしだ。ある日、彼女に異変が起こる。突然、身近な人が憑依したような言動をとるようになったのだ。なにが彼女を追いつめ、心を壊してしまったのか・・・・。

 小説と映画でどのようにつくりが違うかというと、小説ではキム・ジヨンが幼少期から社会人になるまでの「過去」に重きをおいて生きづらさを描いていたのに対して、映画は「現在」に重きをおいた物語になっていた。彼女が精神を病んでしまって「憑依」があらわれてから、周りの人がどう関わっていくかという話だ。

小説では過去を中心に描くことで、いつどこでも身近にある差別を真に迫るものとして感じられた。いっぽう、映画では現在を中心に描くことで、より未来に目を向けさせる効果があった。「あなたはこれからどうする?」と問いかけられているような。

また、もうひとつの大きな改変は、夫チョン・デヒョンや母ミスクが、ジヨンに次ぐ主役級として登場していたことである。小説だと人柄がまったくといっていいほど語られなかった人物だ。

良かったのは、彼らが「どこにでもいる普通の人」として描かれていたことである。特に夫デヒョンは、今の韓国や日本ではむしろ優しい夫としてもてはやされるような人物だと思う。子どもをお風呂に入れたり遊んだりと育児に参加するし、疲れてやつれているジヨンを心配する。

だからこそ、何気ないデヒョンの言動から垣間みえる感覚のずれが際立つ。子どもを寝かしつけて、洗濯物をたたんで・・・・とせわしなく家中を動き回っているそばで、ビールを飲みながら「あんまり無理をするなよ」と声をかけるシーン。観客は(心配するなら一緒に家事こなして一緒に晩酌すればいいやろ!)と心の中でツッコミを入れる。そしてデヒョンの「俺が育休を取ろうか」という提案に付け足される「ゆっくり読書や勉強もしたいし」という言葉。そうじゃないっ・・・!家事育児でやつれている妻に言うことじゃないっ・・・!と肝が冷える。

ジヨンだけではない第三者の行動が映されるからこそ浮かびあがる違和感をしっかり描いていた。たいていの場合、自分を含めて普通の人が受動的に差別に加担していて、そのことに気付いていない。だから客観的に見ることで自分の行動を振りかえられるという意味でもこの映画の意義は大きい。

「どちらか一方が家事・育児を負担しなければいけない社会って、実は女性だけではなく男性にとってもあまり得とは言えないのでは」という視点は映画版のほうがはっきりと感じた。制度として育休が存在するのに、実際に取得した男性は出世の道を絶たれる。また、出世コースに乗れるかもしれない重要な(そのぶん責任も重い)プロジェクトを、立候補したジヨンは「女性は数年のうちに結婚・出産で状況が変わるかもしれないから」という理由で選ばれないかたわら、やりたくないと嘆く男性が選ばれる。やりたくない人がやらざるを得ず、やりたい人がまだ起こってもいない可能性のためにできない。差別が社会構造として日常に組み込まれていることで生じる歪みをひしひしと感じた。

女性の生きづらさの描写に関しては、映画版ではマイルドになっている。もしかして韓国では、小説が発売してから映画化までの3、4年のあいだに、小説で書かれていた生きづらさが現実的ではなくなったほどいい方向に進んでいるのか?と一瞬思ったが、インターネットで韓国で生活している人の意見を見る限りではそういうわけではないらしい。さすがにそんな急には変わらないか。まあそれでも最近の韓国作品は明らかにジェンダーを意識したつくりになっていて、流れが変わってきているのは間違いない。

ちょっと気になったのは、コンセプトの「あなたの物語」感が薄かったように感じたことだ。原因を考えると、この作品の登場人物はどこにでもいる普通の人であるはずなのに、キム・ジヨン役のチョン・ユミと、チョン・デヒョン役のコン・ユがあまりにオーラがあって美しすぎるというのが思い当たった。もちろん有名俳優だし演技はめちゃくちゃうまくて自然だ。しかし、普遍的な生きにくさを描くには溢れるオーラがノイズになってしまっていたように思える。有名タイトルだし集客を考えると、本当に普通っぽい人を起用するのは難しいのだろうけど。

映画は未来を想起させ、小説は過去の地獄を丹念に描くというまったく異なったアプローチでつくられている。映画版を観て面白いと思った人はぜひ小説も読んでみてほしいし、小説を読んだ人は映画版も観てみてほしい作品だ。

 

 

 

82年生まれ、キム・ジヨン

82年生まれ、キム・ジヨン