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映画『ジョゼと虎と魚たち』感想

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ジョゼと虎と魚たち』を鑑賞。前半と後半で評価がだいぶ変わる作品だった。前半観ているときはこれ全人類が観るべきやつでは・・・?と思うくらい良作の予感がしていたけれど、後半にかけて物語の運びかたに首をかしげる部分が出てきた。

ただ全体としては、ティーン向けのキラキラした恋愛映画の形を取りつつ、障害を持つ人がどういう生きづらさを感じているか、その生きづらさは誰がつくっているのかといった、きれいごとではない部分もしっかり含まれていて好感が持てた。

 

あらすじ

生まれつき足が不自由なジョゼ。ある日散歩をしていると、坂道で悪意ある人に車イスを押されてしまう。危うく転げ落ちる寸前で、通りかかった大学生の恒夫に助けられる。恒夫は、メキシコに生息する幻の魚と泳ぐという夢を持っていて、留学費用を貯めるためにバイトに明け暮れていた。ジョゼと二人で暮らす祖母・チズは、恒夫にジョゼの相手をするアルバイトを持ちかける。ひねくれていて辛辣なジョゼに困惑する恒夫だったが、彼女と過ごして色んな面を知るうちに惹かれていく。ジョゼも外の世界へ心を開いてゆくが、チズが亡くなって事態は一変する──。

 

感想

前半では車イスで生活する人が、健常者を基準としてつくられた社会で遭う理不尽な出来事を丁寧に描いていた。物めずらしそうにチラチラ向けられる視線の居心地悪さ、そっちからぶつかってきたのに邪険な態度を取る人。ジョゼにとって「虎」とは、彼らのことだった。

しかしジョゼは恒夫と色んな場所へ行くにつれて、外の世界にいる人が「虎」ばかりではないことを知る。ジョゼの世界が外側にどんどん広がってゆく様子が、夏の太陽の眩しさや青く輝く海とリンクして美しかった。

ジョゼの世界を外側に向かう上で重要な役割を果たした人は、恒夫の他にもう一人いる。図書館の司書である花菜だ。恒夫の他にできた初めての友人で、サガンというフランス人作家が好きという共通点で仲良くなった。

ジョゼにとって恒夫は、最初から「虎」の範疇を外れていたと思う。出会い方や一緒に過ごすことになった経緯がイレギュラーだったからだ。バイトで金銭が発生していたから邪険に扱っても怒らないし、怒って来なくなったらそれはそれで良いと(最初は)思っていただろう。

一方、花菜はジョゼからしたら街にいる「虎」の一人だったはずだ。だけど共通の好きな本の話題で友達になり、愚痴を聞いてもらったり背中を押してもらったりした。いわば、ジョゼの世界を広げたのが恒夫なら、深めたのは花菜だ。外の世界が「恒夫が一緒にいないと怖い場所」ではなくなった。

ここまでの、ジョゼの世界が外側に向かう過程を目まぐるしくかつ丁寧に描いているのが前半パートだ。後半は祖母の死が転換点となり、明るく新鮮な時間は失われる。

この後半パートから失速した感があり残念だった・・・。失速感の原因は、人間関係がありきたりなラブストーリー文脈にはめ込まれてしまったからだと思う。

特にそう感じたのは当て馬の存在だ。物語を進めるための起爆剤として、当て馬を登場させる手法はちょっと古くないだろうか。

当て馬を担うのは、ダイビングショップで恒夫と一緒にアルバイトをしている舞という大学生だ。恒夫に好意があるが留学の邪魔をしたくないから告白はしていないという設定である。舞が登場するときはやたらと恋愛感情が強調される。ジョゼと恒夫がいい感じになると関係をぐらつかせる、ヒールっぽい役まわりだ。

舞はジョゼの祖母が亡くなった直後に、「恒夫くんを解放してあげてください!」とわざわざ言ったりと、かなり独りよがりなムーブをする。そして恒夫が好きという恋愛感情ばかり強調されて、その他の面は深堀りされない。

終盤ではいい人っぽくなるものの、独りよがりムーブがなければジョゼが深く傷ついて恒夫を突き放すこともなく、海に行くこともなく、恒夫の身に起こるある悲しい出来事もなかったんじゃないかと思えてしまうので、挽回が難しい。

そして当のジョゼの行動にも違和感を感じるところがある。ジョゼは恒夫が自分といるのは同情だと思い込んでいるから姿を消そうとする・・・という理屈はわかるが、行動が唐突なのだ。

なんというか、ジョゼと恒夫の恋愛面を進めようとするあまり、登場人物全体の感情の動作がぎこちなくなってしまっている感が否めなかった。

おわりに

想像より面白かったからこそ、いくつか惜しい点が目についた。しかし意欲作だと思うし一見の価値は十分にある。

そもそもエロチックでフェティッシュな原作から、よくこんなキラキラかつ現代的な価値観を含んだ映画が生まれたなと思う。原作とはほとんど別作品で、どちらにも違った良さがあった。アニメーション映画豊作年を締めくくる一本に耐えうる作品だ。