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『21世紀の啓蒙』──啓蒙主義はいまこそ必要とされている

進化心理学スティーブン・ピンカーによる『21世紀の啓蒙』は、啓蒙主義について21世紀の言葉と概念でふたたび語りなおし、社会は理性と科学によっていかに進歩を遂げてきたかを解き明かす一冊である。

上巻では、そもそも啓蒙主義とはなんなのかについて説明したのち、健康、富、環境問題、暴力などのテーマごとに啓蒙主義の理念に基づいてどのような進化がなされてきたのかを解き明かしていく。

現代に啓蒙主義を語る意義

啓蒙主義の原則は、現代では当たり前すぎてもはや意識しなくなっている。「理性と共感を持つのは社会をより良い場所にするために重要である」という前提を、あらためて考える機会はそうないだろう。

しかし、蛇口をひねればきれいな水が出てくることも、たくさんの病気が薬で治せるようになったのも、権力者をおおやけに批判できるのも、昔からできたわけではなく人類が積み重ねて可能にしてきたことだ。

では、何百年も前から語り尽くされてきた啓蒙主義について、21世紀にふたたび語る意義はなんだろうか。経済学者フリードリヒ・ハイエクの言葉を引用した説明が、その意義を的確にあらわしている。

古くから真実を人々の心(men's mind)にとどめておきたいなら、世代ごとにその言語と概念で語り直さなければならない。かつては最もふさわしい表現だったものも、やがて使い古されて摩耗し、明確な意味を伝えられなくなってしまう。根底にある考えは古びていないかもしれないのに、言葉のほうはそうはいかず、現代にもかかわりのある問題を語るときでさえ、もはや同じ信念を伝えはしない


ピンカーはこの言葉のなかで使われている、men's mindという現代では不適切とされる表現そのものが、図らずも世代ごとにその時代の言葉と概念で語り直さなければならないという主張の正しさを証明していると指摘する。

言葉に付いてくる意味は、時代が進むにつれて脈々と変わるもので、変わっていく意味を押さえつけることはできない。だから意味が変化するたびに語りなおす必要があるのだ。

啓蒙主義獲得へのブレイクスルー

そもそも、人類はどのようにして啓蒙主義の概念を獲得していったのだろうか。最初の大きなブレイクスルーは、「宇宙は目的に満ちている」という直感を打ち破れたことだった。

宇宙は目的に満ちているという前提があると、悪いことが起こったのは何者かがそう望んだからだと思い込んでしまう。事故、病気、飢饉が起こるのは誰かのせいになり、魔女狩りやマイノリティの迫害、神に生贄を捧げる風習が生まれる。

ものごとは状況に起因して起こるのであり、宇宙的な何者かの目標ではないという考えは、現代では当たり前だが啓蒙主義以前には異質であった。

 

環境と進歩の親和性

進歩について書かれたテーマの中で特に興味深かったのは環境問題だ。ここ半年くらいで、日本のメディアでも持続可能な社会の実現について取り上げられはじめた。

直感的には、社会が発展することと環境を守ることは相性が悪いのではないかと思える。しかしピンカーは正しい知識によって、環境問題も社会の発展と両立しながら解決できるという。

国は最初に発展するときは環境より成長を優先させるが、ある程度成長すると環境に目を向けるようになる。だれしも衣食住に不足がないことを前提とするならば、スモッグで汚染された空気よりもきれいな空気を選ぶだろう。

進歩が進むと、より少ない資源から大きなエネルギーを獲得できるようになる。たとえば、品種改良や遺伝子組み換えにより、従来より少ない農地でたくさんの野菜を作れるようになれば、そのぶん空いた農地は自然環境に戻すことができる。

さらにわたしたちは「非物質化」の時代に生きている。技術の進歩により、より少ない資源で物を作れるようになった。目覚まし時計、電話、タイマーなど以前なら個々の物だった機能が、いまではスマートフォンに集約されている。

非物質化が進んでひとつのデバイスに機能が集約されるようになればなるほど、その分のプラスチックや紙などの資源が節約できる。

このように、豊かになってテクノロジーが発展すると、世界は土地や物を手放す。また豊かになって教育が高水準になるほど、環境への関心が高くなる。

とはいえもちろん、問題がひとりでに解決するわけではない。地球温暖化が進んでいる事実を否定したり、「どうしたって地球温暖化は進む」と悲観するのではなく、科学に投資したり世界が協調して環境に関する規制を作ることが、具体的な解決につながるのだ。

 

おわりに

以前読んだピンカーの前著『暴力の人類史』と、類似している内容もあった。だが本書の方が、ボリューム・主張のまとめかた共に読みやすくなっているしデータも新しいのでおすすめだ。

また現代社会に対して悲観的になるのではなく、進歩を成し遂げた面を見ることが正しい現状把握につながるというコンセプトの本書は、ハンス・ロスリング著『FACTFULLNESS』とのつながりを感じた。実際にハンス・ロスリングの研究データを引用している章もある。

ニュースで伝えられるのはおもに短期的に起こる悪いできごとであり、持続的な良いできごとは新聞の一面を飾らないことを心に留めておくのは、思考が過度に偏らないためにも、精神衛生的にも役に立ちそうだ。