部屋の隅で映画と本

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映画と本の感想ブログ

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『遺伝子 ──親密なる人類史』──鮮やかなストーリーテリングに引き込まれる一冊

 

医師・がん研究者シッダールタ・ムカジーによる『遺伝子 ──親密なる人類史』は、遺伝学がどのように発展してきたかという道筋を、著者自身の家系に潜む遺伝的な精神疾患の話を織り交ぜながらたどる一冊である。

上巻ではメンデルのエンドウマメの実験までさかのぼり、遺伝子が発見されて研究が発展してゆく歴史を解き明かしていく。下巻では1970年〜本書が書かれた当時(2015年くらい?)までの比較的最近の遺伝子研究について綴られている。

ビルゲイツのおすすめということで気になっていた本。遺伝学の歴史と自身の家族の病歴という個人的な話の折り混ぜ具合が絶妙だった。上巻はメンデルのエンドウマメやダーウィンの進化論など学校の勉強っぽい話が続くのに飽きさせないのは、語り口のうまさによるものだろう。以下では、特に面白いと思った話をいくつか挙げていく。

 

ミトコンドリア・イブ

現生人類が持っているミトコンドリア卵子に存在する細胞のエネルギー生産工場)の祖先は一人の女性だという。すべての人類の系統をたどると、20万年前にアフリカにいたひとりの人類共通の母親へと辿り着くらしい。ミトコンドリアは母親からのみ受け継がれ、世代を経るごとに絞られていくので、一人に絞られるということだ。

遠いアフリカの何万年も前のミトコンドリアが現代のわたしたちに存在してると考えると、なんだかロマンがある。どんな人なのかはもちろん知るよしもないが、人類遺伝学では彼女はミトコンドリア・イブと呼ばれている。

 

ジェンダーと遺伝子

あとはジェンダーと遺伝子の話も印象的。大学のときにジェンダー(社会的性別)という概念を知ってから少しして、「ジェンダーはグラデーション、流動的」という言葉もよく聞くようになった。ジェンダーがグラデーションというのはなんだかしっくりきたし、ほっとしたような気もした。

しかしちょっと疑問だったのが、自分が思う自らの性別は、自己認識によってのみ決められているのか?ということだった。それとも生得的な、遺伝子も関係しているのか?人の生物学的な性別はxとy染色体で決まるが、ジェンダーに関与する物質はないのだろうか?

それらの疑問に対する一つのアンサーをもらうことができた。なんと1993年にジェンダーに関与する遺伝子が発見されていた。当時発見されたジェンダーに関係する遺伝子は一つだったが、その後の研究で他の遺伝子も関与している可能性があるのが分かった。

ジェンダーには遺伝子が関与している。そして、単一の遺伝子のスイッチでオンオフされるものではないのではっきりと白黒つけられるものではない。ジェンダーがグラデーションというのは、遺伝子的な観点から見ても矛盾しないどころか理にかなっている。

これを知れただけでも読んだ甲斐があった。私は積極的に男になりたいわけではないけど、もし明日いきなり男になったとしても違和感なく暮らせそうだとずっと考えているのも、もしかしたら自分がスペクトラム上の男寄りのほうに居るからなのかもしれない。

 

おわりに

ほかにも、「敏感さ」を決定する遺伝子があるという話も面白かった。外部からのストレスに耐えられやすいかどうか。長、短の2種類の型があり、短い遺伝子だと外部からの刺激に敏感で、長い遺伝子だとそうでもない。自分は100%短い方の遺伝子だろうな、、、。もちろん、繊細さはその遺伝子だけで決定するわけではなく、色んな要因があるというが。

遺伝子研究は優生学など良くない使われかたをしてきた歴史があるし、その反省でしばらく研究が進まなかった空白の期間があるという。確かにややもすれば今でもマイルド優生学的な方面に陥ってしまう危険性がある一方で、私が「ジェンダーが流動的なのは遺伝子で裏付けられている」という事実にどこかほっととしたように、救われることもある。もっと実際的に命が救われることもあるだろう。陳腐な感想になってしまうが、やっぱ使い方が大事だよな〜と思った。