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『脳はすこぶる快楽主義』──パクチーを美味しく感じるかは遺伝子によって決められていた?人体の不思議にせまる科学エッセイ

 

 

 『脳はすこぶる快楽主義』は、東大教授で脳研究者である著者・池谷裕二が、学術論文によって発表された脳や遺伝子にまつわる科学的発見をピックアップして、紹介するエッセイ集だ。「週刊朝日」で連載されているエッセイを抜粋してまとめた一冊。

ひとつひとつの話が3ページと短いので、すきま時間にも読みやすい。自分は読みはじめると止まらなくなってしまい、一気読みしたのだが。著者は毎朝200報くらいの学術論文に目を通すらしく、そのなかから選ばれたよりすぐりの知見ということもあり興味深い内容が多い。

ただ1テーマに3ページと短い分、「その論文だけでそうだって言い切れる?」みたいに根拠が薄く感じてしまうところはいくつかあった。あくまで気軽な科学エッセイとして楽しむべきかもしれない。

たとえば、へえ〜となったのは、人は偽ブランドを身につけると、嘘が増えるという実験結果だ。ノースカロライナ大学のジノ博士の研究で、高級ブランドのサングラスと模造品のサングラスを見せてどちらか選んで買ってもらい、選んだサングラスをかけたまま計算テストをした。

自己採点の結果を口頭で報告してもらったところ、模造品を身につけた人は正規品を身につけた人より、自己採点の結果を虚偽申告する傾向が強かったという。計算テストの実際の正答率が平均6個だったのにたいして、正規品を身につけた人は平均7個、模造品を身につけた人は平均10個と自己申告した。

ちなみに提示したサングラスは、本当はどちらも同じ正規品である。なのでもちろんサングラス自体に仕掛けがあるわけではなく、自己認識の問題となる。もともと本物志向だった人でも、「このサングラスは偽物です」と手渡してかけてもらうと嘘が増えたらしい。

偽物を身につけている意識は、自尊心という認知的ブレーキを外してアバター感覚を生み出すという。「今のわたしは偽物だから、たとえ嘘をついても本当の自分の品位は傷つかない」と考え、モラルの欠けた行動が増える。

この「今の自分は本当の自分ではない」という意識がモラルを低下させる点が、偽ブランドのみならず実生活にも当てはまるのではないかと思って興味深かった。

たとえばネット上で過激な暴言を吐く人は、たいていは実生活では大人しく生活していて、現実でも同じく攻撃的という人はごく少数なはずだ。キャラをつくることで「本当の自分とは違う自分」という認識が生まれ、他人を攻撃するハードルが下がるのかもしれないとか考えた。


もうひとつなるほどと思ったのが、パクチーを刺激臭として感じるか、新鮮な香りとして感じるかは、遺伝子によって決まっているという研究結果だ。自分はパクチーが大の苦手で、山盛りにして食べる人がおよそ信じられなかったのだが、本当に感じ方が違うのだと知って腑に落ちた。

パクチーからカメムシのような刺激臭を感じる人は、人口の14%ほどらしい。意外とマイノリティだったことに驚いた。ちなみに著者はパクチーからカメムシのような刺激臭を感じる側らしいが、むしろカメムシ臭を放つ草を口に含むという一種の自傷行為がたまらなく快感だから食べているという謎の癖を暴露していて笑ってしまった。


紹介される学術論文に知的好奇心をくすぐられる上にエッセイとして面白い。専門的すぎる本は読む時間がないけど人体の不思議に触れてみたいという人は、ぜひ読んでみてほしい。