部屋の隅で映画と本

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映画と本の感想ブログ

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『82年生まれ、キム・ジヨン』──地獄のごった煮から救いは生まれるのか

書籍のほうの感想。韓国の作家であるチョ・ナムジュの作品で、韓国で100万部を突破したベストセラー。

 33歳のキム・ジヨンは、まだ幼い娘のチョン・ジウォンと3歳年上の夫との3人暮らしだ。彼女は広告代理店で働いていたが、育児を自分ひとりで行わなければならなかったため、出産とともに退職した。ある日、キム・ジヨンに異変があらわれる。まるで誰かが憑依したように突然言動が別人になったかと思えば、次の日にはもとに戻っているのだ。本人はそのことを覚えていないらしい。いったい何がキム・ジヨンの心を壊してしまったのか。

 冒頭のプロローグで精神を崩してしまったキム・ジヨンを描いてからは、年代をさかのぼって幼少期から順々に彼女の生きづらさが解き明かされていく。小説全体をとおしてキム・ジヨンを担当している精神科医ヒアリングして書き出したカルテというかたちをとっていて、情緒的な部分はなるべく削られている。淡々とした読み味が、彼女のおかれた状況を真に迫るものにしている。

 

 キム・ジヨンは小学生のとき、いじめてくる嫌いな男子について先生に相談すると「ジヨンのことが好きなんだよ」と諭されてびっくりした。嫌な目にあってきたうえに、友だちを悪く誤解して嫌ういけない子のような扱いをされてしまったのだ。大学に入ってからも、社会に出てからも、生きづらさはふとした瞬間に彼女をしばりつける。サークルでの扱いに、就職活動のときに、社内プロジェクト編成のときに、接待のときに。

父親と祖母は家父長制のしくみや男が優先されるのは当然だと思っている。夕食では、配膳はいつも父と弟がいちばん最初に行われる。かたちがちゃんとした豆腐を弟に、かけらやかたちがくずれたものがキム・ジヨンや姉にまわされた。

ひと世代前にはもっとあからさまな男女差別があった。母親が子どものころは、兄や弟の学費を稼ぐために自分は学校へ行かずに働かなければならなかった。それが当たり前だった。母は自分の娘たちにはそんな思いをさせたくないと思っていたし、世間的にもキム・ジヨンの世代になると女性が男性と同じように大学へ行くのは普通のことになっていた。彼女はつねにキム・ジヨンの味方であったが、ときどき根っこに植え付けられた、男性優位な価値観が顔を出すこともあった。

このように、彼女の地獄を追いかけるようなかたちで小説は進んでいく。そしていちばん恐ろしいのはラストだ。「普通の四十代男性」ではなく「大韓民国で女性として、特に子どもを持つ女性として生きるとはどんなことであるかを知っていた」と自負する精神科の担当医の語り。終わりかたに文字通り背筋がぞっととしたし、最後だけホラーかと思った。

 

読んでいると全身を針でちくちく刺されているようないたたまれなさがある。ディストピア小説のような大きな世界観の地獄には、暗澹とした真っ暗闇のなかにもどこかわくわく感がある。しかし、本作は等身大で身近な地獄だ。「キム・ジヨン」というのは、82年生まれの韓国人女性にもっとも多い名前らしい。つまり、本作はどこにでもいる女性のありふれた生きづらさを描いているのだ。この生きづらさに身に覚えがある人は、自分の体験と重ねてしんどくなるし、誰かの生きづらさの裏で恩恵を受けてきた人は、現実を直視してしんどくなるだろう。つらい。しかしこの小説に書かれている生きづらさを追体験することで、長期的にはどちらの側にとっても救いになるのではないかとも思う。

ちょうど劇場版が公開中の本作。そちらはストーリーがけっこう違っていて、希望を感じさせるラストだと聞く。映画で明るめの終わりかたを体験したあとに、小説で落とされるとキツいから読み終わるまでは観ないようにしていた。

例のめちゃめちゃ上映回数が多い映画が公開されたら、こっちは追いやられてしまいそうな気がするので早めに観なければ・・・。

 

 

 

82年生まれ、キム・ジヨン

82年生まれ、キム・ジヨン